フランソワ・モーリヤック(François Mauriac,1885-1970)の小説『テレーズ・デスケルー』を中心に、モーリヤック文学の〈曖昧さ〉を作品内外から追究する。
モーリヤックはドストエフスキーの複雑さを曖昧さと把握したと、この章の冒頭において述べたが、ドストエフスキーの複雑さが分裂症的複雑さだとすれば、モーリヤックの〈曖昧さ〉とは明晰な〈曖昧さ〉と呼べるもののように思われる。明晰な曖昧さ、すなわち〈言い落とし〉、あるいは〈省略法〉の効果を知悉した作家による文体、モーリヤックの『テレーズ・デスケルー』は、そのような文体で織られた綴れ織りと言えよう。
著者:藤井史郎(ふじい・しろう)
1949年東京都生まれ。東京外国語大学フランス語学科を経て、早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学(現代フランス文学専攻)。現在、奥羽大学文学部フランス語フランス文学科教授。仏語論文に、<<La crise spirituelle et religieuse chez François Mauriac>> dans Thématique et rêve d'un éternel globe-trotter/ Mélanges offerts à Shin-ichi ICHIKAWA 、翻訳に、ジャック・ブロス『世界樹木神話』(共訳、八坂書房)、イヴ・テリオー『アガクック物語—極北に生きる』(共訳、彩流社)がある。